オオカミ少年のあらすじと教訓!うそつきの結末。

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ひつじ

人はどうして、うそをついてしまうのでしょうか?

うそをついた結果は思っていた通りになるのでしょうか?

このオオカミ少年はご存知の通りうそつきのお話です。

うそをつくと、人はどうなってしまうのでしょうか?

ここからは、オオカミ少年のおはなしを見ていきます。

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オオカミ少年のあらすじ

 
ひつじの番をしていた少年が、まるで、オオカミがひつじを食べに来たかのように、村の人たちに言います。

「助けて!オオカミが来た!」

村の人たちが急いで駆けつけてみると、オオカミはどこにもいなくて、少年がうそをついたことがわかります。

村の人達は怒りますが、少年は面白がっていました。

そして、それからも少年はたびたび「オオカミが来た!」と嘘をつくのです。

ですから、あの子は、うそつきだという事になりました。

すると、そのうちに、本当にオオカミが現れます。

だから、少年は、「来てください、オオカミだ!」とさけぶのです。

でも、村の人々は少年を信じません。

そして、だれも助けに来てくれる人はいなかったのです。

そこで、オオカミはひつじたちを残らず殺してしまいました。

おしまい。
 
オオカミ
 
このお話は、大変よく知られるお話です。

人はうそをつくと一体どうなっていくのでしょう?

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オオカミ少年の教訓

 

このお話の教訓は、うそをつく人は、日々何かをすり減らしているという事です。

うその種類にもよりますが、罪悪感やら、プライドやら、これから先の希望やら。

そして、何よりも周りからの信頼をなくしているのです。

うそをついて結果的に何かがうまくいった人は少ないのではないでしょうか?

その時は、ごまかしたり、適当にうそをついて、通り過ぎますが、後に、どこかで必ず支障が出たはずです。

そして、何か支障がでた時に、また何とかごまかしたとしても、必ずまた、そのことで、ごまかさなければならない時がくるのです。

不思議なもので、うそをついた事は、ずっと、つきまとうでしょう。

そして、そのたびに動揺し、神経をすり減らします。

例えば、税金でお給料をもらう人が、「出張に行きました。」と言って、本当は行っていないのに、出張費をもらったりするのです。

ばれなかったから、わからなかったからと、また、同じことを繰り返すのです。

それで、最後には、うそをついていた事がばれてしまい、仕事をやめなければいけないことになります。

結果的に、まわりの人の信頼を裏切り、人生を台無しにするのです。

それから、例えば、石器を発見したように装っていた人がいました。

何度か、発見してしまうと、また、みつけなければならないというプレッシャーがあったのか、自分で石器を埋めて、発見したようによそおってしまうのです。

一度そんなことをしてしまうと、ごまかすために、何度も同じことをしてします。
 
遺跡
 
ここで、どうして、人は同じことをくりかえしてしまうのでしょうか?

本当に石器を見つける。
   ↓
周りにほめられる。
   ↓
うれしい
   ↓
また発見する
   ↓
周りにほめられる
   ↓
うれしい
   ↓
なかなか発見できない。
   ↓
周りにほめられない
   ↓
周りの人ががっかりしているのではないか?
   ↓
不安になる
   ↓
発見したことをよそおう
   ↓
周りにほめられる
   ↓
うれしい
   ↓
なかなか発見できない。
   ↓
周りにほめられない
   ↓
周りの人ががっかりしているのではないか?
   ↓
不安になる。
   ↓
発見した事をよそおう
   ↓
周りにほめられる
   ↓
うれしい
   ・
   ・
   ・
   ・
 
という感じです。

人はなぜか、一度、ほめられると、またほめられる事をしないと、「がっかりされる。」「嫌われる。」と思ってしまう事があるのです。

実際には、周りの人は、そんな事ではがっかりしません。

すごい事をしてもしなくても、その人はその人であって、そんなことで、評価が変わったりはしません。

家族など、近くてその人の事をよく知っている人なら、なおさら、きちんとその人の事をわかっているので、よく知らない人が、何を言おうと、その人を認めていているので、簡単にはその人に対する考えは、変わらないのです。

周りの人が、じぶんにがっかりするかも知れないと思う人は、自分に自信がありません。

自分に自信がないので、何かほめられる事をしないと、自分は認めてもらえないと思ってしまいます。

何もしなくても、自分が周りに認めてもらっているという事が、理解できません。

ですので、ほめられる為にうそをついて、信頼を失い、結局は自分の評価をさげてしまうのです。

そして、自分が認められていると理解できない人の中には、子供の時に、親に「そんなことをする子は嫌いだ。」とか、「そんなことをする子は、うちの子じゃない。」と言われて育った人もいます。

そう言われて育った人は、自分が良い子でないと人に認められないと思ってしまうのです。

悪い事をしてしまった時に、した事を注意したり、しかったりするのは当然ですが、その子自体の事を否定するしかり方は、避けなければいけません。

ただ、うそをつくのに何も感じない人もいます。

その場をごまかす為に、てきとうな事を言うのが、くせになっています。

でも、そういう人も、うそを言うたびに、自分の大切な何かをすり減らしているのです。

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オオカミ少年の原作

 
イソップ寓話集に収められた一遍。

古代ギリシャの寓話作家のアイソーポスが書いたと言われている。

寓話とは、主人公を、動物や身の周りのものにたとえ、教訓をふくませて書くお話の事。

このお話の題名は『うそつきの子供』といわれることもあるが、『オオカミ少年』という題で親しまれている。
 

まとめ

 
このお話の教訓は、うそをつく人は日々、自分の大切な何かをすり減らしているという事です。

「うそも方便」という言葉もありますが、私は、これに当てはまるのは、ビジネス上、仕方なくつくうそと気遣いでつくうそだけではないかと思います。

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