王様の耳はロバの耳のあらすじと教訓!自分が思う自分。

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ろば

とっても素敵で、完璧!と思う人がいたとします。

でも、周りからみて、どんなに完璧な容姿をもった人でも、自分ではどこか認められない部分があるものです。

そして、その事を、コンプレックスに思っているのです。

この『王様の耳はロバの耳』は、自分を認められない王様のお話です。

それでは、ここからは、『王様の耳はロバの耳』のあらすじを見ていきます 。

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王様の耳はロバの耳のあらすじ

 

王様の秘密

 
ある国に、いつも帽子をかぶっている王さまがいました。

そして、王さまは、ひと月に一度、お城に床屋さんをよんで、散髪をしてもらっています。

けれども、王さまの散髪をしに行った床屋さんは1人も家にもどってこないのです。

床屋さんたちが、首をかしげていると、ある日、一番若い床屋さんが、お城に呼ばれます。

お城に着くと王さまは真っ白い布をつけて、鏡の前に座っていました。

「だまって、わしの髪を切るんだ。」

若い床屋さんは、大きな赤い帽子を静かにとりました。

すると、なかから、ロバの耳のような、長い耳がぴん!と二つ出てきたのです。

若い床屋さんは、とてもびっくりしましたが、声を出すことはできません。

なので、若い床屋さんは知らん顔で、王さまの髪を刈り始めました。

王さまは、散髪が終わると言いました。

「やあ、ごくろう。ところで、何か、かわったものを見なかったかね?」

「いいえ、何も見ません。」

「わしの耳は、かわっていないかね?」

「普通の耳です。」

「お前は、かしこい床屋だ。でも、わしの耳の事を誰かにしゃべったら、命はないと思え。」

「はい、私は何もいいません。」

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歌う笛

 
若い床屋さんが帰ってくると、みんな王様の事を聞きたがりました。

若い床屋さんは嘘をついていましたが、だんだん、嘘をつくのが、苦しくなってきます。

そして、お腹が風船のように、ふくらむ病気になってしまったのです。

お医者さんによると、言いたい事を言わないでがまんしていると、こういう病気になるのだそうです。

「もし、誰にも言えない事があってくるしんでいるのなら、林の奥へ行って、穴をほって、どなってごらんなさい。」

「きっと、すっきりして、もとの体に戻りますよ。」

若い床屋さんは、次の朝、林へ出かけていきます。

そして、大急ぎで穴を掘りました。

それから、誰もいないのを確認してから、穴に向かって、大きな声でどなります。

「王様の耳はロバの耳。王様の耳はロバの耳。王様の耳はロバの耳。」

何度もどなっていると、お医者さんが言った通り、気持ちがすっきりしてきました。

そして、おなかもへこんで、元の体に戻ったのです。

若い床屋さんは喜んで、すぐに穴に土をかぶせました。

ですが、その時、種が一粒、穴に落ちたのです。

さて、春になると、その種が、成長して、一本の木になりました。

ある日、ひつじかいがその木を見つけて、木をけずって笛をつくったのです。

ひつじかいは笛をふいてみました。

すると、「王様の耳はロバの耳~~~王様の耳はロバの耳~~~」と笛が歌いました。

何度ふいても、同じ歌を歌うのでした。

「おーい!みんな、よく聞けよ!」

ひつじかいは町へ行くと、うかれて笛をふきました。

「王様の耳はロバの耳~~~王様の耳はロバの耳~~~」

「なるほど、王さまはそれでいつも大きな帽子をかぶってたんだね。」

町の人たちはそのうわさで大騒ぎになりました。

王さまは、この事を聞いて、怒り、ひつじかいと若い床屋さんをお城に呼びつけました。

若い床屋さんは、王さまに、秘密を穴に埋めたことをはなします。

「それから、わたしは、そこに生えた木で、笛をつくったのです。」

ひつじかいは言いました。

王さまが笛をふくと、「王様の耳はロバの耳~~~王様の耳はロバの耳~~~」

王さまはかぶっていた帽子をぬいで言いました。

「わしは、今までずっと、この耳をかくすのに気をつかってきた。でも、これでさっぱりした。」

「ろうやにいる床屋も帰してやろう。」

王さまはそれからは、大きな耳で、みんなの願い事や悩みを聞くようになりました。

おしまい。
 
はさみ
 

王様の耳はロバの耳の教訓

 

教訓1

 
このお話の教訓は、気にしてかくしている事も、自分でおかしいと思っている事でも実は相手から見ると、大したことではないという事です。

人は一日にたくさんの人の顔を見ます。

でも、その人の顔について何か思ったり、何日も覚えていることはありません。

人はそんなに意識して、他人の顔を見ているわけではありません。

自分の顔の事は意識して、色々考えて見てしまいますが、他人の顔はさらっとみる位です。

例えば、私は接客の仕事をしていて、多いときは一日に何十人もの人と、顔を見ながら、お話をします。

けれども、顔を覚えておこうと思っても、なかなか、おぼえられません。

覚えているとすれば、顔ではなくて、雰囲気とか、話した内容とかで、全体をなんとなく覚えている感じです。

つまり、だれもあなたの顔の事をそんなに意識してみていないという事です。

そして、それとは反対に、毎日会って、話をする親しい人の顔は、見る機会が多いです。

ですので、認識のために、もしかしたら、最初は、みられるかもしれません。

ですが一度、認識してしまうと、細かい事はどうでもよくなります。

関心は、相手の顔ではなく、話す内容だったり、じぶんの話をどんな風に聞いてくれているか等にあるのです。

なので、今更、相手の顔のことなんか気にしないのです。

例えば、私は、大人になってから母親に聞いて、興味深かったことがあります。

私の父と母は、今では珍しい、お見合いで出会って結婚しました。

実は、私の父の、鼻の下にはかなり大きな立体的なほくろがあります。

母は最初の頃、父のそのほくろばかりが目に入ったそうです。

そんな事を大人になってから聞いて、あれ?と不思議に思ったのです。

私にとって、そのほくろは、言われてみて、「そういえば、鼻の下にあったなあ・・・」というぐらいの存在感しかないのです。

何故かというと、生まれて物心がついた時から、父の鼻の下にはほくろがあって、私の中では、父はそういう人で、特に意識して見たことがなかったのです。
 

教訓2

 
そして、もう一つこのお話の教訓は、自分が認めていない事は、人も認めないと思う事。

このお話では、王様が、自分のロバの耳を認めていないのです。

だから、床屋さんをろうやに入れて、大変な思いをしてまでかくしました。

例えば、年をとると、白髪が少しづつ増えてきます。

もしかして、染める事もしないで、そのままにしていて、だんだん白髪が増えてきたとしたら、そんなに違和感なかったかもしれません。

でも、少しの白髪だと、染めてかくすことが簡単にできたので、その時は、かくすことで過ごしていきます。

しかし、年々、白髪は増えてくるのです。

すると、染めてかくすのも大変になってきます。

でも、自分が全部白髪のまま生活することは想像できないのです。

白髪の自分を納得できず、認められません。

そして、もしかしたら、白髪が年相応で、周りの人からみれば、そんなに違和感はないかもしれないのです。

しかし、今更、自分が白髪のままでいる事は考えられないのです。

自分が納得していないことは、人も認めないと思い込んでしまっています。

でも、自分が考えている自分と、周りの人がみた自分は違います。

自分が思っているよりも、周りの人は色んな自分を認めてくれます。

そのことは、頭ではわかっていても、なかなか自分は自分を認められないのです。

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王様の耳はロバの耳の原作

 
ギリシャ神話のお話しより派生していると言われ、結末はそれぞれである。

ユーゴスラビア民話であるとか、インドにも似たおはなしがあるとか、ロバの耳ではなくて、馬の耳であるとか、説は色々あります。

日本では、劇にもなり、よく知られるようになりました。



 

まとめ

 
『王様の耳はロバの耳』の教訓は、自分が意識するほど、相手はあなたの容姿を気にしていないという事です。

そして、自分が認められないことは他の人も認められないだろうと思いこんでしまうことです。

そろそろ私も今の自分を認めてあげないと、自分で思っている自分を作るのに疲れてしまいそうです。

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