赤ずきんのあらすじと教訓!それでも楽しい道草。

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花畑

道草なんて、いつからしていないでしょう?

小学校の時以来でしょうか?

今考えると、興味のある方向へ気分でフラフラ・・・

なんて幸せだったのでしょう。

誰かが心配するかもしれない事も考えず、時間も気にせず。

ただ、この『赤ずきん』のお話しの大変な事件は、もとはと言えば、道草をしてしまった事も原因です。

道草をしなければ、こんなに大変な事態にはならなかったかもしれません。

では『赤ずきん』のあらすじからみていきます。

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赤ずきんのあらすじ

 

森の誘惑

 
あるところに、赤いずきんをかぶったかわいらしい女の子がいました。

ある日、おかあさんが、赤ずきんに言うのです。

「おばあさんの家に、お菓子とぶどう酒をもっていっておくれ。」

「外に出たら、道草なんかしたらいけないよ。」

そして、赤ずきんは、森に入るとすぐにオオカミに会います。

赤ずきんはオオカミがこわいケモノと知らなかったのでこわくありませんでした。

「こんにちは、赤ずきん。これからどこに行くの?」オオカミはいいます。

「お菓子とぶどう酒を持って、病気のおばあさんの所に行くのよ。」と赤ずきんが答えました。

「そのおばあさんはどこにいるの?」とオオカミが聞くと、赤ずきんはおばあさんの家の場所を教えてあげたのです。

そして、オオカミは赤ずきんに「せっかく森の中に来たのだから、もっと花を見たり、小鳥の歌を聞いたりして、楽しめばいいのに。」と言いました。

すると、赤ずきんはおばあさんに花束を持っていったらきっと喜ぶに違いないと考えます。

そして、道を外れて森の中に走って行って花を摘むのです。

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おおかみのたくらみ

 
さて、オオカミは赤ずきんが道草をしている間におばあさんの家をたずねます。

そして、オオカミは戸を開けるとすぐにおばあさんのベッドの所に行き、おばあさんを丸飲みしてしまうのです。

それから、おばあさんの洋服を着て、おばあさんのベッドにもぐりこみました。

その間、赤ずきんは夢中で花を摘んでいましたが、おばあさんの事を思い出します。

そして、おばあさんの家に着くと、何の返事もなかったので、赤ずきんはおばあさんの枕元に行ってみました。

すると、おばあさんの、様子が変です。

「おばあさん、まあなんて大きなお耳なの?」

「おまえに声が良く聞こえるようにな。」

「おばあさん、まあなんて大きなお目目でしょう!」

「おまえをよく見る為にな。」

「おばあさん、まあなんて大きな手だこと!」

「おまえの事を、しっかりつかめるようにな。」

「おばあさん、まあなんて大きなお口!」

「おまえを上手に食べられるようにな!」と言って、オオカミは赤ずきんを丸飲みしてしまいました。

それから、お腹がいっぱいになったオオカミは、おばあさんのベッドで眠ってしまいます。

そして、たまたま猟師が通りかかると、おばあさんのベッドでオオカミが大いびきを書いて寝ていたのです。

ですので、もしかしたら、おばあさんが食べられたかもしれないと思い、はさみでお腹を切って開けてみました。

そうすると、中から赤ずきんがピョンっと出てきて「オオカミの、お腹の中って暗いのね。びっくりしちゃった。」といいます。

それから、赤ずきんは大きな石をたくさん拾ってきて、オオカミのお腹の中に詰めたのです。

そうするうちに、オオカミは目を覚まし、お腹が重くて歩く事も出来ずに倒れて死んでしまいました。

赤ずきんは「ひとりで森で道草なんてもう絶対にしないわ。」と思ったのです。

おしまい。
 
おおかみ
 

赤ずきんの教訓

 
このお話の教訓は、まず、人は、他の事に夢中になると、つい最初の目的を忘れて、違う方向、楽しい方向に行ってしまう。という事です。

このお話の中では、オオカミに、せっかく森に来たのだから、もっと色々見たらいいのにと言われて、お花を摘みだします。

そして、おばあさんにあげようと、お花を摘んでいたのに、その事をすっかり忘れて、お花を探してどんどん道をそれてしまうのでした。
 
例えば、私が通っていた学校で、クラスの人が、学費を自分で払う為に、夜遅くまでバイトをしていました。

すると、昼間疲れて寝てしまっていて、学校に段々と来なくなって、とうとう退学してしまいます。

田舎から出てきて一人でくらしていた人ですが、お金の事はどうする事も出来ず、とても残念でした。

人は、忙しすぎたり、疲れすぎたり、何か他に興味をひかれるものがあると、何のためにそれを行っているかという目標を見失ってしまうことがあります。
 
それで思い出したのですが、昔、「はじめてのおつかい」というTV番組がありました。

小さな子供におかあさんがおつかいを頼んで、そのおつかいを、ずっとカメラで撮るという番組です。

もちろん、スタッフが所々に立っていて、危なくないように見守るのですが、私の姉が、なぜかその番組が好きで、幼稚園くらい?だった私の娘に同じようなことをさせたいと言うのです。

姉は自分がちゃんとついて行って、見ているから、というので、車が通る道もないし、娘にお買い物を頼んだら「いいよ。」とあっさり言うので、歩いて5分くらいの所にたまごを買いに行ってもらう事にします。

娘は5分で行ける道をのらりくらりと歩き、まずは、言われた通り、たまごを買えたのです。

でも、そこから、子供たちが遊んでいるのを眺めたり、他の子がガチャガチャをするのを長い間見ていたりしたそうです。

かなり時間がたって帰ってきましたが、思っていた通りたまごはほとんど割れてしまっていました。

でもまあ、ちゃんとたまごを買って、持って帰ってきただけで、良かったです。

私の姉はというと、離れてずっと見つからないように見ていて、非常に疲れたようで、二度とそんなことをしたいとはいいませんでした。
 
たまご
 
更にこのお話の教訓は、知らない、先入観がない、思い込みがないという事は、強いということです。

その人やものの事をあまりにも知らなすぎると、どんな相手にも尻込みすることもなく、言いたいことを言い、したいように出来ます。

このお話しでは、赤ずきんはオオカミがこわいケモノと知らなかったのです。

普通に話をして森の中を一緒に歩きます。

そして、オオカミのお腹から出てきた時も、「びっくりした!真っ暗だった!」と言うだけで、怖かった、死ぬかもしれないと思った、ともいわないのです。

例えば、若い人が、会社の上司に、ため口で話して、批判もしたい放題とかするのをみると、びっくりしますが、一方でそんなことが出来るのが、うらやましい気がします。

人というのは、色々な事を知り、周りの事が見えるようになると、相手の立場と自分の立場の違いを考えたり、社会的に立場が上の人には言いたいことが言えず、遠慮して自分の意見を言えない事が多いのです。

これからは、どんな立場の人の意見も素直に取り入れていける社会にしなければなりません。

抵抗なく、取り入れていく事は難しいと思います。

でも、古い考えにばかりこだわっていると、新しい展開は望めません。

国も組織も、良い所は残し、新しい考え方も取り入れていかなければならないのです。

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赤ずきんの原作

 
物語の赤ずきんとして、紹介したのはフランスのシャルル・ペローです。

でも、もっと古くに似たお話が民話として確認されている。

もともとの民話は、騙されて、赤ずきんがおばあさんを食べたシーンもあった。

しかし、ペローが童話集にする時に修正されたと言われている。

後にドイツの『グリム童話』に収録される。

ですが、このグリムの赤ずきんのもとになるお話は、ペローのお話を読んだ人が伝えたかもしれないと言われています。
 

まとめ

 
赤ずきんのお話の教訓は、人は他の事に夢中になると、つい最初の目的を忘れて、違う方向、楽な方向に行ってしまう。という事です。

道草が出来るのも、何かに夢中になれたからかもしれません。

もっと年をとったら、また道草もできるようになるでしょうか?

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