泣いた赤鬼のあらすじと教訓!自分とは?

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泣いた赤鬼

自分とは、一体何者なのか?

だれもが一度は感じる思いについて、考えます。

この『泣いた赤鬼』は、子供にもよく知られているお話です。

そして、このお話は、とても悲しいお話です。

でも、大人になって読むと、きっと子供の時に読んだ時とは違う登場人物の気持ちに共感するのではないでしょうか?

さてさっそく、『泣いた赤鬼』のあらすじから見ていきましょう。

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泣いた赤鬼のあらすじ

 

優しい鬼

 
ある山のがけのあたりに、やさしい赤鬼がすんでいました。

見た目は、目がぎょろぎょろして、頭にはつのが小さくはえていますが、誰かを殴ったこともありません。

その赤鬼は、人間たちと仲良くしたいといつも思っていたのです。

そして、ある時、自分の家の前に立札を立てます。
 
『ココロノ ヤサシイ オニノ ウチデス

 ドナタデモ オイデ クダサイ

 オイシイ オカシガ アリマス

 オチャモ ワカシテ イマス』
 
次の日に、木こりがふたり、やってきます。

そして、不思議に思いながら立札を読んでみたのです。

「入ってみようか?」

中の鬼は2人の話を聞いていました。

すぐそこの、戸を開ければ入って来られるのに、なかなか入ろうともしないのです。

「気味が悪いな。」

「だまして、食うつもりじゃないか。」

赤鬼はここまで言われると、くやしくなって、窓から顔をだして、「きこりさん!」と呼びかけます。

「わあ!鬼だ!にげろ、にげろ!」

ふたりは、あわてて、走って山を下っていきました。

鬼はとってもがっかりします。

そして、一生懸命、自分で立札を作った事がばからしくなりました。

ですので、立札を足で踏み、割ってしまうのです。

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青鬼君のアイデア

 
すると、そこに遠い山に住む青鬼がやってきました。

青鬼は珍しくいらいらしている赤鬼をみて、理由を聞きます。

すると、青鬼はいいました。

「今からぼくが、ふもとの村に降りて行ってあばれよう。」

「ぼくが、暴れている所に、君がやって来て、ぼくのあたまをぽかぽかなぐるんだ。」

「そうすれば、人間たちはきっと安心して、遊びに来るようになるよ。」

赤鬼はそれを聞いて答えます。

「でも、それでは君にわるいよ。」

でも青鬼はいうのです。

「なにかひとつやろうとすれば、なにか犠牲にしなくちゃならないものさ。」

そして、ふもとの村に来た青鬼は「おにだ、おにだ、」と家の戸をけって、中にはいり、大暴れしました。

お茶碗も、みそしるのなべも、全部ひっくりかえします。

そして、赤鬼がやってきます。

「このやろう!」と青鬼につかみかかりました。

そして、こつんと頭をたたきます。

「もっとポカポカなぐるんだよ」と小さい声で青鬼が言いました。

そこで、赤鬼はポカポカ続けてなぐります。

村の人たちはものかげから、どうなるかと、このふたりの鬼をみていました。

鬼たちがいなくなると、村の人たちは、「あの鬼は、人間にやさしいのは本当だったのか?」と思います。
 

本当の友達

 
そして、安心した村の人たちは、赤鬼の家に行きます。

そうすると、赤鬼はにこにこ出てきて、「ようこそ、さあ、どうぞ。」と、招きいれました。

そして鬼の家はとても居心地がいいのです。

それからは、村の人たちは、毎日連れ立って鬼のいえに遊びにいきます。

鬼は人間の友達がたくさんできて、もうさびしいことはなくなりました。

でも、日がたつにつれ、気になる事がでてきたのです。

それは、あの日から会っていない青鬼のことです。

「ひとつ、出かけていってみよう」

そして、青鬼の家にたどりつきますと、戸が閉まっています。

そして、ふと、横を見ると、戸のわきに張り紙がしてありました。
 
『アカオニクン ニンゲンタチト ズット ナカヨク クラシテクダサイ

 ボクガ コノママ キミト ツキアッテイルト 

 ニンゲンタチハ キミヲ ウタガウカモ シレマセン 

 デスノデ ボクハ シバラク タビニ デルコトニ シマシタ

 ナガイタビニ ナルデショウ 

 ケレドモ ボクハ キミヲ ワスレマセン

 サヨウナラ カラダヲ ダイジニ シテ クダサイ

 ドコマデモ キミノ トモダチ アオオニ』
 
赤鬼はそれを何度も、何度も、読みます。

そして、戸に顔を押し付けて、涙ながして泣きました。

おしまい。
 
お茶
 

泣いた赤鬼の教訓

 

教訓1

 
このお話の教訓は、自分の居場所を求める事。ということです。

本当は、今いる場所が自分の居場所ではない気がして、他に居場所があるのではないかとさがすのです。

このお話では、赤鬼は明らかに、自分は他の鬼とはちがうと思っています。

なぜかと言うと、鬼なのに、やさしく、乱暴なこともせず、人間となかよくしてみたいと思います。

そのために、何か、鬼たちと一緒にいても、自分は違うと思ってしまって、あまり居心地が良くないのです。

いったい、自分は、鬼とも違うし、人間とも違うし、何者なんだろうと、いつも思っていました。

そして、思い切って、人間と友達になってみようと思いますが、怖がられて、うまくいかないのです。

そんな時に、青鬼君がやって来て、青鬼君が、自分は人間に嫌われても、赤鬼の希望をかなえようとしてくれます。

そして、作戦はうまくいって、人間たちと、仲良くなることができますが、そのうちに、何かもの足らない事に気がつきました。

それから、後になってやっと、青鬼君の自分への優しさと、青鬼君は自分をちゃんと認めてくれていて、自分を友達だと思ってくれていたことに気づくのです。

自分は、他の鬼とは少しちがうけれども、それでも、やっぱり、鬼なんだ。という事に気づきました。
 
例えば、私たちも、時には、自分は何なのか、わからなくなることがあります。

兄弟で、性格や能力が違うと、実は私はこの家の人間じゃないかもしれないと思ったり、親が自分に対して、あまりに冷たいと、この家の子供じゃないのじゃないかと一度くらいは考えた事があるでしょう。

人は、周りの人のなかで、自分は一体何者なのだろうか?と考えながら、段々と自分をを作っていくのではないでしょうか?
 

教訓2

 
それから、もうひとつは近くにある大事なものを忘れてはいけない。という事です。

つい、現状を当たり前だと思ってしまって、近くにある物の存在の大きさを忘れて、他のものをほしくなります。

なくなってみて、はじめてありがたみがわかる事があるのです。

たとえば、独り暮らしをし始めた時に、親がどんなにありがたかったかわかります。

実家にいた時は、洗濯物は、知らないうちにたたんで置いてあるし、食事の後の食器だって、誰かがキレイに洗ってくれていたのです。

布団だって、誰かが干してくれて、いつもふかふかでした。

1人暮らしを始めると、最初は自由で誰にもうるさく言われなくて、「なんて自由だ」と思うでしょう。

しかし、慣れてくると、段々と寂しくなってくるのです。

そして、洗濯や掃除など身の周りの事も、どれだけ家族に頼って生きて来たか気がつきます。

家族は一緒にいると、とてもわずらわしいと思う事がありますが、いないととても寂しいものなのです。

このお話では、青鬼君は、親しくしていた友達です。

もしかして、こんなことになるまで、赤鬼にとって青鬼君は、時々会いに来る、親しい知り合い程度に思っていたかもしれません。

でも本当は、自分の事を誰よりも思ってくれている友達だと身に染みて、わかります。

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泣いた赤鬼の原作

 
日本の童話作家=浜田広介さん作。

はじめは「鬼の相談」という題名でした。

後に、小学校の教科書にも採用されます。
 

まとめ

 
この『泣いた赤鬼』の教訓は、人は、自分は一体何者か考える事によって、自分を作っていくという事と、近くにある大事なものを忘れてはいけないという事でした。

赤鬼は最後に泣きます。

赤鬼は、何を思って泣いたのでしょうか。

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コメント

  1. 田中クニエイ より:

    とてもとてもこころがしくしくします。
    今の自分はこれでよいのか。
    バカボンではありませんが、これでいいのだ!と誰かに言ってもらわないとうまく生きていけないような気がします。

    1. nao.akisame19 より:

      コメントありがとうございます。
      最初から自分はこういう人間だ!と自信がある人は誰もいないと思います。
      人は誰かに受け入れてもらうことで、自分の中で自分を認めていくのだと思うのです。
      そして、「これでいいのだ!」と自分自身に言い聞かせながら確認しながら生きていくのかもしれませんね。

  2. かず より:

    泣いた赤鬼を読んで色んな意味が込められていたことを知りました。青鬼の人の事を思いやる気持ちに改めて感動しました。

    1. nao.akisame19 より:

      コメントありがとうございます。
      お返事大変遅くなりました。
      この青鬼君は自分を犠牲にしてまで、赤鬼の事を応援し、助けます。
      例えば私はそんなことまでして友達を助けられるかと考えると、とても出来そうにありません。
      青鬼君はすごいです。

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