金のガチョウのあらすじと教訓!考えない事。

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金のガチョウ

考えない事、これは、考えろと言われ続けてきた私たちにはとても難しいことです。

『金のガチョウ』は、まぬけな三男のお話です。

このまぬけと呼ばれている息子は、無能なように見えます。

しかし、実はいちばん、かしこい生き方をしているのかもしれません。

このお話を読むと、かしこい生き方とはどんなことなのか、というヒントが隠されています。

それでは、『金のガチョウ』のあらすじから、読んでいくことにしましょう。

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金のガチョウのあらすじ

 

小人がくれた運

 
むかし、ある家に、三人の息子がいましたが、一番下の息子はまぬけとばかにされていました。

ある時、長男が、木を切りに行く事になり、お母さんは、おいしいパンケーキと、ワインを持たせます。

そして、途中で、年をとった小人に出会い、小人は、パンケーキとワインを少し下さいと言います。

けれども、長男は、自分の分がなくなるからダメだと行ってしまいました。

そして、長男が木を切り始めると、すぐに、自分の腕にあたりけがをしてしまうのです。

そうすると、今度は次男が森へ行くことになって、小人に何も与えず。追い払います。

すると、次男は、すぐに、自分の足を切ってしまいました。

今度はまぬけな三男が、森に行く事になります。

母親は、三男に、粗末な食事を持たせます。

そうすると、小人がやって来て、飲み物と食べ物をくれといいました。

すると、三男は、小人に食べ物を分けてあげるのです。

そして、年取った小人は、「親切に、分けてくれたから、よい運をあげよう。あそこの古い木を切り倒してごらん。」と言っていなくなります。

そこで、三男はその木を切り倒してみると、金の羽のガチョウがいました。

三男は、そのガチョウをかかえて、宿に一晩泊まることにします。

その宿には3人の娘がいて、一番上の娘は、その金の羽がどうしても、一枚欲しくなり、ガチョウをさわると、娘の手はぴったりとガチョウにくっついてしまいました

すぐ後に、二番目の娘も三番目の娘もやって来て、姉さんの体にさわったとたん、ぴったり、くっついて、しまったのです。

あくる朝、三男は、ガチョウをかかえて出ていきます。

さて、野原の真ん中まで来たとき、お坊さんがやってきて、お坊さんも、末娘にぴったりくっついてしまうのです。

そして、そこにやってきた寺男も、お百姓さん2人もピッタリとくっついてしまったのです。

これで、合計7人が、ガチョウを抱えた、三男の後から走ってついて行くことになりました。
 

 

王さまの注文

 
やがて、三男は、都へやってきて、「大変真面目で笑わないお姫さまを笑わせた者は、お姫さまのおむこさんにする」とおふれが出ていることを知り、お姫さまの元へいきます。

すると、お姫さまは、7人の人間が、つながって駆けてくるのをみると、笑いが止まらなくなったのです。

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けれども、このおむこさんが、気に入らない王さまは、酒蔵のワインを全部飲める男を連れてくるようにいいます。

三男は、小人を思い出し、あの小人なら、自分を助けてくれるだろうと考えました。

そして、森に行くと、ひとりの男がいて、「私は酒だるの酒を全部飲み干しましたが、その渇きをいやすことは、出来ないのです。」といいます。

そこで、三男は、その男を王さまのもとに連れていくと、その男は酒ぐらのワインを全部、飲みほしてしまったのです。

ですから、王様は、山のように積まれたパンを全部食べてしまう事が出来る男を連れてくるようにいいます。

ですので、三男は、何も考えずに、森に行くと、男がいて、「パンをひとかままるごと食べたのだが、まだお腹がすいている」というので、三男は、その男を王さまのもとに連れて行くのです。

すると、男は、山のようなパンを、食べつくしてしまったのです。

けれども、王さまは今度は、陸でも、海でも、走る船を持ってこいと言い出したのです。

それを聞くと、三男ははすぐに森に出かけて行くと、小人が座っていて、こう言いました。

「おれはさんざんお前のために、飲んだり食ったりした。お前がわしに親切にしてくれたからだ。」

「だから、今度も船を与えよう。」

そして、小人は、陸と海を走る船をくれました。

ですから、王さまは、もうお姫さまを三男にやらない訳にはいかなくなったのです。

そして、三男はお姫さまと結婚し、楽しくくらしました。

おしまい。

さて、このまぬけな息子の出世のお話である、『金のガチョウ』の教訓はどんなことなのでしょうか?
 

金のガチョウの教訓

 
このお話の教訓は、物事を、考えるばかりが良い結果をうむわけではない。ということです。

物事は、考えて行動した方が良いときと、頭の中で考えすぎては、結果的に何もできない事がある。という事です。

このお話の中では、まぬけな息子は、何も考えずに小人に食べ物を分けてやり、何も考えずに金のガチョウを持って走り回りました。

そして、思い付きで、王さまの前に行き、小人に助けを借りに行きます。

もし、この息子が、考えて行動していれば、金のガチョウを手に入れたことで、価値がある物を手に入れたので、そのまま隠して自分の物にしようとか、家に持って帰ろうとか、思ったかもしれないのです。

そうすると、最後に王さまになることは、なかったでしょう。

そして、王さまに、無理難題を言われた時に、色々考えすぎて、無理かもしれないと思ってしまっていたら、もしかして、森にいかなかったかもしれません。

物事を考えすぎて、悪い結果を予想し、何もできなくなるのは、よくあることです。

例えば、うちの娘は、家では色々話すのですが、外に出ると、家族以外にはほとんど話さないのです。

話かけられても、「自分がこう言うと、相手はどう思うだろう?」とか、「その後、また話しかけられたらどうしよう。」とおもうらしく、結局何も答えないのです。

まして、自分からは、人に話しかける事など、考えただけで、無理なので、しないそうです。

結果的に、話しかけても、無視する子と思われている事もあります。

ですので、人と話をするときに、そんなことまで考えていたら、疲れるし、嫌になるのも当たり前で、ますます、はなしたくなくなるのです。

他には例えば、新しい事をしようとするときに、色々考えて、結局出来ない事も多いと思います。

私の友達などは、運動して、やせたいと、常日頃言っています。

でも、何か、やせそうで誰にもできそうな運動がみつかっても、もし、続かなくて、途中でやめてしまったら、どうしようと、先の事ばかり考えて、結局は何も始められずにいます。

物事を、考えすぎる人は、先の事や、考えなくていい事まで考え、結局、何もできないのです。

要するに、物事は、先の事を考えすぎるよりも、あまり、考えずに思い切って行動した方が良い事もある。という事です。

そして、この王様は、三男に無理難題を言って、お姫さまと結婚できないようにしようとします。

たくさんの物を飲めとか、食べろとか、水陸両用の船とか、それを解決することが出来るものは、誰にでも思いつかないような事ができるのを知っていたので、三男を試すのです。

王様にまでなれる人は、あたりまえの考え方しか、出来ないような人ではダメです。

人と同じことしか思いつかない人は、みんなをまとめる事は難しいのです。

上に立ってみんなをまとめる事の出来る人は、当たり前の考え方を理解ししたうえで、更に人が思いつかないようなことを考え付く人なのです。

それから、このお話は、面白がることは、大事という教訓も含まれています。

このお姫さまは、はじめて自分を笑わせてくれた、楽しい人と結婚して、幸せだったでしょう。

何か大変な事があっても、その中でも面白いと思える事があって、笑って楽しむことができれば、多少の困難も乗り越えていけるのです。

日々を、楽しく笑って暮らせる事は、大事です。

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金のガチョウの原作

 
ドイツの学者、ヤーコプとヴィルヘルムのグリム兄弟によって書かれた『グリム童話』に収められています。

『グリム童話』はグリム兄弟が、ドイツ中に伝わるお話を実際に聞き、集めて編集しました。

金のガチョウにくっついて、いっしょに走り回る光景は想像するだけで、楽しく、子供も喜んで聞くでしょう。
 

まとめ

 
『金のガチョウ』の教訓は、時にはあまり考えずに行動した方がよい事もあるということです。

私が、このお話を読んで、まず、思ったのが、三男の無責任さです。

この三男は木を切る仕事はどうしたのでしょうか?

そんな事が気になるようだと、私は、この三男のような生き方は難しいかもしれません。

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