眠り姫のあらすじと教訓!運命の見えないつながり。

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眠り姫

人は特別な人とつながっています。

みなさんも不思議な体験をしたことがあるのではないでしょうか?

眠り姫が王子さまに助けられたのは、偶然ではなかったのです。

そして、眠り姫は、もし、眠らなければ、どうなっていたのでしょうか?

幸せになれたのでしょうか?

姫が眠らされたのには何か意味があったのでしょうか?

それでは、『眠り姫』のあらすじからみていきます。

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眠り姫のあらすじ

 

13人目の占い師

 
ある国に王さまとお妃さまがいました。

2人はとても子供を欲しがっていました。

あるとき、お妃様が、水浴びをしていると、かえるが1匹飛び出てきて、女の子が生まれますよと言ったのです。

しばらくして、お妃さまは女の子を産みます。

王さまは、とても喜び、お祝いの宴会を開くことにしました。

そこで、親類や友達や、占い師の女達まで、招きます。

この国の占い師は、人に運をさずけてくれる力があったのです。

ですから、王さまは、娘にも立派な運をさずけてもらおうと思い、13人全部の占い師を呼ぼうと思いました。

けれども、お城には、ご馳走をのせるお皿が12枚しかなかったので、占い師のうち、1人だけ、宴会に呼ばれませんでした。

そして、宴会の最後に、占い師の女達は、むすめに贈り物をしたのです。

ひとりは、良いこころ、ひとりは、うつくしさ、ひとりは、お金持ちになる幸せ、と、この世の幸せになる要素をすっかり送りました。

こうして、11人まで贈り物をしたところで、13番目の占い師の女が突然入ってきて、大声でさけんだのです。

「ひめは、15歳になったら、つむ(糸をつむぐとき使う道具。先が針のようにとがっている。)にさされて、たおれて死ぬぞ。」

そして、出て行ってしまいます。

まだ、自分の贈り物をしていなかった、女の占い師が、のろいを消すことは出来ませんでしたが、軽くする言葉を言いました。

「ひめぎみは死んだりしません。ただ、100年の間、ねむってしまいます。」

ですから、王さまは、国中のつむを全部焼き捨ててしまうように指示しました。

さて、姫は占い師の贈り物の通り、美しく、あいらしく、かしこく、すくすくとそだったのです。

そんな姫が、15になったある日の事、王さまとお妃さまがお出かけをして、姫だけがお城に残ります。

姫は気の向くままに、へやべやを見て周ります。

そして、古い塔の上の部屋の中には、おばあさんが、麻糸を紡いでいました。

すると、姫は、つむにさわってしまい、そのまま、深い眠りにおちたのです。

そして、このねむりは、城中にひろがります。

そこに帰って来た、王さまとお妃さまも、家来たちも、一緒にねむりました。

動物たちまで静かになりました。

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運命の王子さま

 
やがて、城の周りは、いばらの生け垣が、ぐんぐんと茂り、城をそっくり包み込みます。

そして、眠っている美しい姫のうわさが、遠くの国まで広がったのです。

姫は、眠り姫とよばれるようになっていました。

ときどき、色々な国の王子がやって来て、いばらの生け垣を通り抜けようとしましたが、出来ません。

なにしろ、いばらが手のようにうごき、王子たちはいばらに捕まり、逃げられなくなって、不幸な最後をとげたのです。

それから、1人の王子が、100年眠っている美しい姫の話を聞きます。

すると、その王子は姫に会いに行く決心をします。

ちょうどその頃、姫が眠ってから、100年たって、眠り姫が目を覚ます日が、来ていました。

ですので、王子が生け垣に近づくと、いばらは美しいカーテンのように分かれ、王子をとおし、また閉じたのです。

お城の中は、静まりかえり、みんな眠っていました。

とうとう、王子は塔の上の部屋で、眠り姫が眠っているのをみつけます。

そして、王子は姫にキスをしました。

そうすると、姫はぱっちりと目を開けて、やさしく王子を見上げました。

お城のみんなも目を覚まし、王子と、眠り姫の結婚式が、はなやかに行われます。

そして、ふたりは一生、幸せにくらしました。

おしまい。
 

 
それでは、このハッピーエンドのお話の教訓はどんなことなのか、みていきます。
 

眠り姫の教訓

 
このお話の教訓は、何もかもと欲張り、子供にすべて、与えてしまわないことです。

子供には、自分で育ち、自分自身で学んで手に入れていく権利があるのです。

このお話では、娘が可愛くて仕方がなかった王様は娘に最初からたくさんの物を、与えようとしてしまいます。

本来は、占い師から与えられるのは、1人にひとつなのです。

お皿は1人一枚 → 占い師から与えられるのは、本来、ひとりひとつなのです。

しかし、王さまは、持っているうつわのすべてを、差し出して、娘に与えようとしてしまいました。

ですから、呼んでもらえなかった、占い師から反感を買ってしまい、のろいをかけられてしまうのです。

例えば、子供は可愛いので、親なら、喜ぶ顔が見たいのは当たり前です。

でも安易に、欲しがるだけ物を与えたりしてはいけません。

それは、我慢することを、ちいさいうちに教えておかないと、我慢できない大人になってしまうからです。

他には、子供にあれもこれも、出来るようになってほしくて、習い事や、塾等、必要以上に通わしてしまうことがあります。

これは、その家庭の事情や、親御さんの考え方もありますし、子供がその習い事が好きで望んでやっていれば別です。

でも、子供が本来なら子供の時にしなくてはならない、遊んだり、友達と関わったりすることをする時間をうばってまで、通わせる必要があるのかどうか、考えなければいけないのではないでしょうか?

子供の時に、自分の興味のある事をとことん考えて、その時にしかできない事をさせてあげることは、大切なことです。

そして、その習い事をすべて完璧に習得するように押し付ける事も、子供には、負担でしかないのです。

つい親は、子供にあれもこれもと、完璧を求めてしまいます。

でも、もし、自分が子供の立場で、一週間が勉強や習い事のスケジュールでいっぱいで、その他は自分で勉強したり、練習したりしなければいけないと考えると、息が詰まるのではないのでしょうか?

今一度、子供の立場にたって、考えてみることも必要でしょう。
 

 
それから、なぜ、このお話は、100年もの間、お姫さまは眠らされたのか?

それについて、考えられるのは、運命の人に会うために100年眠っていたという事です。

カエルは、多産の象徴で、子供が出来ずにかわいそうな夫婦を見かねて、女の子をさずけますが、実は、100ねん先に生まれるはずの子供で、運命の人に会わせて結婚さすためにわざと仕組んだことかもしれません。

この王子さまは、ちょうど100年たったところで、タイミングがよかったと思わせていますが、運命の人だったのでしょう。

実は、運命は放っていても、かってにやって来るものではありません。

例えば、人間は、ホルモンがきちんと働く生活をおくっていれば、隣のビルくらいまではホルモンの影響が届きます。

そして、生物学的に合致した人と出会えるようになっているのだそうです。

それが、運命の人かどうかはわかりませんが、人間は、なんとなく、自分にとって特別な存在の人については、感じることができるのです。

例えば、うちの母は昔、好きな人がタクシーの運転手をしていて、自分が道を歩いていて、見えない位遠いところからでも、その人の車が、「近づいてくるな、というのが、わかった。」といっていました。

私も、似た経験はありますし、みなさんも見えないけれども、つながっているな。と感じたことはあるのではないでしょうか?

例えば、私は当時好きだった人と一緒にではないですが、毎日駅までの、ほぼ同じ道を通っていて、ある日すごくきれいな色のライトの飾りつけをした木を見て、「きれいだなあ、あの人にも見せてあげたいなあ」と思ったのです。

クリスマスの時期でしたし、たくさんのきれいなイルミネーションがあって、その中では、特に目立って綺麗な飾りつけだった訳ではなかったのですが、なぜか、私はそう思ったのです。

そうすると、次の日、その人が私に「あの本屋さんの、横の木のライトがすごくきれいなんだよ。」と言うのです。

わたしが、何か言ったわけでもなく、同じことを感じたんだと思うと、すごく不思議でした。

見えないけれども、どこかでつながってるのでしょう。

人は、つながっている人の事は、感じることができるのです。

眠り姫の原作

 
フランスの詩人、シャルル・ペローにより、ペロー童話集に収められました。

ペロー童話集は、グリム童話よりも前に、民間に伝わるお話を、子供向けにして、出版されている。

この『眠り姫』は、『眠れる森の美女』としても、知られ、ディズニーの映画でも知られました。

グリム童話には、『いばら姫』という別題がついていて、類話は多数存在する。

占い師の女も魔女であったり、仙女であったり、様々に書かれています。
 

まとめ

 
『眠り姫』の教訓は、子供にすべてを与えすぎない事。

そして、人は、見えない所でも、特別な人とつながっている。という事です。

そもそも人間は、運命の人や、生物学的に合う人を好きになっているのでしょうか?

なんだか、運命というのは、当たり前のようで、でも不思議な話です。

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