一休さんのあらすじと教訓!何だかもやっとする事!

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お寺

一休さんは、日本でよく知られるとんちで有名なお坊さんのおはなしです。

ですが私はこのお話が納得できず、もやっとしていました。

そして今回じっくりと読んで考えてみる事で感じ方が変わったのです。

ではここからは一休さんのあらすじです。
 

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一休さんのあらすじ

昔、山の中のお寺に、五人の小僧さんがいて、そのうちの一番下の小僧さんは名前を一休さんといいました。

ある日小僧さん達が台所に行くと、和尚さんは何やらとろりとしたものをつぼからすくっては、美味しそうになめていたのです。

一休さんはすぐにそれが水あめだとわかったので、「いいなあ、僕たちもなめたいなあ」と言います。

すると和尚さんは「いかん!これは大人には薬だが、子供には毒なのじゃ」と言い、水あめのつぼをしまって、どこかへ行ってしまいました。
 

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そして和尚さんが用事から帰ってくると、小僧さんたちが美味しそうに水あめをなめていたのです。

それを見た和尚さんは「こらっ!何をしておる!」と怒りました。

すると、一休さんは「みんなで遊んでいるうちに和尚さんの大事なすずりを割ってしまいました。おわびにみんなで毒をなめていました。でも死ねないのです。」と言います。

和尚さんはかしこい一休さんのとんちに降参するのでした。

それからお寺に織物やさんの竹さいさんがしょっちゅうやって来て、夜更けまで和尚さんと碁をうってなかなか帰らなくて、みんな困っていたのです。

すると、一休さんはお寺の門に❝毛皮を着た人は入ってはいけません❞と張り紙をします。

そして、うさぎの毛皮を着た竹さいさんがお寺にやってきましたが、張り紙を見ても知らん顔をしてお寺の門をくぐったのです。

ですから一休さんは「毛皮を着た人が入るとお寺がけがれます。」と竹さいさんに言います。

すると竹さいさんは「お寺には太鼓があるでしょう。太鼓も革で出来ていますよ。」というのです。

なので一休さんはにっこり笑って「だから太鼓はばちでたたかれているのです。お寺に入るとあなたもばちでたたかれますよ。」と言って、竹さいさんを追い返してしまいました。

毛皮

ある日一休さんの評判を聞いて将軍が一度会ってみたいとお城に招きます。

お城に着くと将軍の部屋にはとらを描いた立派な屏風がありました。

そして、将軍はその屏風の中のとらが毎晩飛び出して暴れて困っているから、一休さんにこのとらを縛って欲しいといいます。

すると、一休さんはたすきをかけ、綱を持って、「どなたか、とらを追い出してください。すぐに綱でしばります。」と言ったのです。

絵に描いた虎を追い出すことは誰にもできません。

将軍は一休さんにご褒美を与えました。

おしまい。

さて、一休さんの教訓はどんなことでしょうか?
 

一休さんの教訓

 
一休さんのお話の教訓はお金持ちも貧しい人も世の中でえらいと言われている人もみんな同じだという事です。

そして、例え将軍や、和尚さんであっても、他の人を下に見るような事をしてはいけないという事です。

私は最初、このお話を知った時(小さいときにアニメで)、何だかもやっとして納得がいかなかったのです。

それは最後のエピソードで、将軍が屏風の中の虎を縛れといいます。

それに対して一休さんは虎を追い出してくださいと言うのですが、どうしてそのことがとんちを使った事になるのか、どうして一休さんが褒美をもらえるのかよくわかりませんでした。

虎が出て来ないのはみんながわかる事で、それを出して縛るのが一休さんのとんちの見せどころじゃないの?と思っていたのです。

ですが、今回どうしてこの一休さんのお話がずっと昔から語られてきたか、わかりました。

和尚さんの水あめのお話で、和尚さんは自分で水あめを独り占めしたいために、子供には毒になると嘘をつきます。

だから、一休さんは和尚さんの大事な物を壊して死のうとしたと、誰にでもわかる嘘をついたのです。

大人の都合でつく嘘に対して、嘘で返していました。

そして、将軍が一休さんについた、虎が出てきて暴れるという嘘も、一休さんを試すためについた嘘でした。

ですので一休さんは、その嘘に乗っかってじゃあ虎を出して下さいと言ったのです。

大人は時々、子供に対して嘘をつきます。

その嘘は、子供はまだわからないからとか、子供には説明しても理解できないからとか、子供のためを思ってとか、大人の勝手な理由でつかれる事が多いのです。

大人の都合でいい加減な気持ちで嘘をつくという事は、その子供に対して、どうせわからないだろうという気持ちがどこかにあるのでしょう。

大人が思っているより、子供はなんでも知っていますし、わかっています。

ですから、例え将軍や和尚さんであっても子供や他の人に対して、どうせわからないだろうと下に見る事は良くないという事です。

そして、このお話の一休さんは、将軍に招かれて部屋に行っても、物おじひとつしないで堂々としているのです。

その落ち着いた態度にも感心して将軍はご褒美をあげたのかもしれません。

それに和尚さんに対しての子供らしい嘘は、和尚さんの方も嘘をついてしまった事を恥ずかしくなって反省せずにはいられないのではないでしょうか。

子どもに対してもそうですが、生きて生活していると、つい身内だったり他の誰かだったりに横柄な態度をしてしまったり、下に見ている訳ではないけれども「それは、あなたの仕事でしょう?」とか「お金をもらって働いているんでしょう?」とかつい心の中で思ってしまう事があります。

そういう時は立ち止まって考えなければいけません。

皆がそれぞれお仕事をしたり、家の細かな用事をしてくれる人がいるから自分が生活できているのです。

医療関係の方々、お掃除をしてくださったり、ごみを集めてくださる方々、刻々と変わる世界の様子に対応しようと奮闘してくれている方々、テイクアウトや宅配のお料理を作って下さる方々、食材を作ったり運んだりして下さる方々、他にもみなさんに感謝しなければいけません。

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一休さんの原作

一休さんのお話のモデルになっているのは、一休宋純であると言われている。

一休宋純は室町時代の臨済宗の僧侶です。

禅宗の風狂という考え方の代表的な存在でした。

仏教界では禁じられていた男色や飲酒、肉食等を行ったりしました。

その一方で風変わりな格好をして歩いて、外見を飾る事にしか興味がない世間を風刺していたと言われる。

このような人間臭い生き方は民衆に慕われ、その姿から彼をモデルにした一休さんのとんち話が生まれた。

まとめ

一休さんのお話の教訓は、お金持ちも貧しい人も、世の中でえらいといわれている人も、誰が上とか下とかはないし、みんな同じであるという事です。

今回のコロナ渦で世の中の絶対という確信がなくなったり、当たり前の事が当たり前ではなくなったり、思ってもみなかった世界に変わってしまいました。

私たちは今一度、立ち止まって凝り固まった考え方を改めないといけません。

そして、好きな人と気軽にハグしあえる日常が早く戻りますように。

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