一房のぶどうのあらすじと教訓!とんでもない事をしてしまった時

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ぶどう

一生懸命生きていると、思ってもいなかった失敗をしてしまって後悔することがあります。

失敗というのは、やってしまうとどう頑張っても元に戻せない事がほとんどです。

一体どうしたら、失敗から立ち直る事ができるのでしょう?

ここからは、一房のぶどうのあらすじです。
 

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一房のぶどうのあらすじ

僕の住んでいる所は、横浜の西洋人が多く住んでいる町でした。

僕は絵を描くことが好きです。

そして、行き帰りに海や船の見える美しい風景が大好きでした。

ですから、家に帰って覚えている風景を絵に描こうと思いますが、思うように描けません。

どうしても、あの透き通る海の藍色と船の鮮やかな赤色は僕の持っている絵の具ではうまく出せなかったのです。

すると、ふと学校の友達が持っている絵の具の事を思い出しました。

ジムというその友達は、2つほど年上で僕よりずっと背が高いのです。

そのジムが持っている絵の具は舶来で上等なものでした。

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それは四角に小さく固められたもので、木の箱の中に12色並んで入っていました。

その中でも、藍色と洋紅色はびっくりするほど美しかったのです。

あんな絵具があれば僕は海の絵を本当の海のように描けるのになあと思いました。

その日から、ジムの絵の具が欲しくてたまらなくなります。

ですが、家の人にも買ってくださいという事が出来ません。

そして、絵の具の事が頭から離れないまま幾日か過ぎました。

その日は大好きな先生とお弁当を食べる時でさえ、なんだか落ち着かず心は沈んでいます。

休み時間になり、みんなは運動場に遊びに出て行ってしまいます。

ですから、僕は教室で一人だけになってしまいました。

それから僕はジムの机の方をできるだけ見ないようにいていました。

ですが、頭の中では机のふたを開けるとあの絵の具があるんだと考えます。

その時、鐘が鳴って、皆が運動場から手を洗いに洗面所に行く姿が見えました。

すると、僕は頭の中が氷のように冷たくなって、ふらふらとジムの机の方に行って、机のふたを開けます。

そこには考えていた通り、見覚えのある絵の具の箱が入っていました。

僕は周りを見回してから手早くその絵の具の箱を開けて、藍色と洋紅色の2色を自分のポケットに押し込んだのです。

そして、いつものように教室でみんなと一緒に勉強しましたが、大好きな先生のいう事は聞こえてはいるけれども、何を言っているのかちっともわかりませんでした。

一時間が過ぎて鐘がなります。

すると、僕はクラスで一番大きい良くできる生徒に「ちょっとこっちにおいで。」とひじをつかまれて運動場の隅に連れていかれたのです。

そして、「君はジムの絵の具を持っているのだろう。ここに出したまえ。」と僕に向かって手のひらを広げます。

そう言われてしまうと、僕は返って落ち着いて「僕は持ってない。」とついうそを言ってしまいました。

そうすると、3、4人と一緒にそばにいたジムが、「僕は昼休みの前にちゃんと絵の具箱の中を調べておいたんだ。昼休みが済んだら2つなくなっていたんだ。休み時間に教室にいたのは君だけだ。」と言い返します。

ぼくはもうだめだと思うと、顔が真っ赤になっているのを感じました。

すると、誰かがいきなりポケットに手を差し込もうとしました。

僕は抵抗しましたが、相手は大勢だったので、あっという間にポケットから2つの絵の具の固まりが出されてしまいます。

ですから、僕は目の前が真っ暗になって、身体が震えだします。

そして、なぜこんな事をしてしまったんだろう、もう駄目だと悲しくなって、泣き出してしまいました。

それからみんなは僕を先生の部屋に連れて行きます。

そして、クラスで一番大きくて良く出来る生徒は先生に僕がジムの絵の具を取った事を言いつけます。

すると、先生は「それは本当ですか?」と僕に聞きました。

僕は大好きな先生に知られるのが辛くて答える代わりに泣き出してしまいます。

すると、先生は僕以外の生徒を教室に戻しました。

それから、先生は泣いている僕の肩を抱きすくめるようにして、「絵の具はもう返しましたか?」と聞きます。

僕は大きくうなずき、「自分のしたことを嫌な事だと思っていますか?」と聞かれると、僕はより一層声をあげてなきました。

先生はわかったならもう泣かなくていいと言い、次の時間は教室に来なくてもいいから先生が戻ってくるまで、ここにいなさいと言って、窓から見えるぶどうのつるからぶどうを一房取ってくれます。

ですが、ぶどうなど食べる気にならなくてずっと泣いていました。

僕は肩をゆすぶられて目を覚ましました。

どうやらいつの間にか泣き疲れて寝入ってししまっていたようです。

一瞬あった事を忘れていましたが、すぐに悲しい事を思い出しました。

先生は「そんなに悲しい顔をしなくてよろしい。みんな帰ったのであなたもお帰りなさい。明日はどんなことがあっても学校に来なさいね。あなたの顔を見ないと先生は悲しくなりますから。」と言い、ぶどうをかばんに入れてくれました。

次の日、僕はどこか痛い所は出て来ないかと思いましたが、その日に限って、虫歯一本も痛くありません。

ですので仕方なく家を出ましたが、どうしても、学校の門をくぐりたくないと思った時、先生の言葉を思いだしました。

僕が学校に行かなかったら、先生はきっと悲しく思うに違いありません。

なので僕は先生に会いたい一心で学校の門をくぐります。

すると、ジムが待っていたようにとんできて、昨日の事がなかったかのように僕の手をひいて先生の部屋に連れていきました。

先生はジムに「私の言った事をよくわかってくれましたね。」とジムをほめました。

そして、先生は僕に「ジムはもうあなたから謝ってもらわなくてもいいと言っています。」と言い、「ふたりは今から良いお友達になればいい。」と2人を握手させます。

そして先生は僕に昨日のぶどうは美味しかったか聞き、僕は顔を真っ赤にして「ええ。」と答えました。

すると、先生はまた窓から手を伸ばしてぶどうを取り、半分に切って僕たち2人にそれぞれ渡してくれました。

僕はその時に先生の白い手のひらに紫のぶどうの粒が重なっている美しさを今でも忘れられません。

海、船

一房のぶどうの教訓

このお話の教訓は、やってしまったことや失敗から立ち直るにはどうしたらいいか?

それは難しくてわかりませんが、1つ言える事は自分がやってしまった事を認めて受け入れる事かもしれません。

まず、本人が自分がしてしまった事を受け入れる。

そして、周りの人が本人の気持ちを理解して寄り添う。

それから、周りの人との関係が出来れば日常に戻るように手助けをする。

そんな風に考える通りに出来ればいいのですが・・・。

人は誰でも大きかったり小さかったりしますが失敗します。

後から考えると、どうしてあの時そんなことをしてしまったんだろうと後悔するような事をしてしまう事があります。

そして本人は後悔や情けなさや悲しさや恥ずかしさや時には絶望してしまう事もあるかもしれません。

ですが、故意ではなかったにしても、やってしまった事はもうなかった事には出来ないのです。

その起こってしまった事を認めて事実を受け入れる事はとても難しい事ですが、とても必要で大事な事です。

どうしても認めたくなくて、わからない振りをして逃げ続けるとか、誰か違う人のせいにして自分は悪くないと思い込む等、やってしまいがちです。

ですがそうしてしまう事によって、自分の中でその状況を受け止めてもう二度とこんなことが起こらないようにするにはどうすればいいか、原因を追究したり、深く考えて受け止めたりする機会が少なくなります。

このお話のように人の物をとるとか、人を傷つけるというような失敗は、相手の事もあり、親や周りの大人も取り返しがつかず、そういう事を繰り返すのではないかとつい思ってしまう事があります。

例えば私がもし、この子の親だったとしたら、人の物をとってしまった我が子の将来が不安で同じことをまた起こしてしまわないかと、心配になってしまいます。

そして、一緒に悩んで落ち込んで悲しむと思います。

そういう寄り添い方でも良いかなと思います。

親だって人間でまだまだ一生完璧ではなくて悩みもするし、間違いもします。

ですから、子供の気持ちに寄り添おうとするだけでもいいかなと思います。

人は成長することで、その時の感情にばかり流される事なく、我慢することが出来るようになったり、他の方法で対処できるようになったり、そのことばかりでなく、他にも大事なことがあって気を紛らわしたり、出来るようになるのではないでしょうか。

そしてなにより、そんな事をするとどんなことになるかとか、悲しむ人がいるとか、想像できるようになればいいなと思います。

例えばある野球選手が大事な試合で普段ならあり得ない失敗をしました。

でも監督はその選手に次の試合も出るように言います。

その結果、その日も選手はまた失敗をしてしまうのです。

監督は二回目の試合でその選手を使った事について、「彼の野球人生をダメにしたくなかった」と言われていたそうです。

選手はどん底まで落ち込んだそうですが、失敗したからこそ失敗してしまった人の気持ちがわかるとおっしゃっていました。

そんな風に、周りの人はどうしようもない気持ちでいっぱいの本人に寄り添ってあげる事が出来ればと思います。

周りの人もきっと、同じように失敗して後悔した経験があるはずなのです。

ですから、そのことを思い出して失敗した人の気持ちになって、寄り添ってあげる事が出来ればと思うのです。

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一房のぶどうの原作

有島武郎によって書かれました。

この作品は通っていた横浜英和学校での経験をモデルにしています。

1922年に出版された『一房のぶどう』という童話集に収められています。

しかし、有島武郎はこの翌年に自殺してしまいました。

まとめ

このお話の教訓は、やってしまったことや失敗から立ち直るにはどうしたらいいか?

それは難しくてわかりませんが、1つ言える事は自分がやってしまった事を認めて受け入れる事かもしれません。

それからこのお話を見て感じたのは、私は子供が欲しいという物をどうしてそれがそんなに欲しいのか理由やら気持ちやらをきちんと聞いてあげられていただろうか?という事です。

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