はちかづき姫のあらすじと教訓!上手にかくす事の意味!

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着物

あなたは嫉妬したことがありますか?

嫉妬に心が支配された事はありますか?

はちかづき姫ははちを頭にかぶった女の子のお話です。

はちかづき姫のお話は嫉妬との戦いのお話です。

そして、はちかづき姫ははちをかぶっていたために様々な体験をします。

さてここからははちかづき姫のあらすじです。

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はちかづき姫のあらすじ

むかし、子供のいない夫婦がありました。

ですから夫婦は毎日観音さまにお願いしていたのです。

そうすると、ある晩観音さまが夢に現れて、「子供が産まれたらこのはちを頭にかぶせて、決してぬがしてはいけません。」

「そうすれば子供はきっと幸せになるでしょう。」と言いました。

そして目が覚めると枕元におおきなはちが転がっていたのです。

それから間もなく可愛い女の子が産まれます。

ふたりは女の子の頭にはちをかぶせました。

女の子はすくすく育ちましたが、大きなはちをかぶっているので、近所の子供達には「はちおばけ」とからかわれたのです。

そして女の子が13歳になった時にお母さんが亡くなり、ままおっかさんがやってきました。

ままおっかさんははちかづきを一日中しかりとばして、働かせたのです。

そしてそのうちに、ままおっかさんはとうとう人に頼んで、夜のうちにはちかづきを遠い野原に捨ててしまいました。

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夜が明けてはちかづきは草をかき分け歩き出します。

しばらく行くと川に出ました。

そして、浅瀬をさがして歩いているうちに川に落ちてしまいます。

けれどもはちをかぶっているので沈むことはありませんでした。

川下まで流れて行くと、漁師がはちかづきを見つけて引き上げます。

そして、はちを取ろうとしましたが、どうしても外すことが出来ませんでした。

仕方なく漁師ははちごと連れて帰ります。

話を聞きつけた近所の人達がみんな見物に来てお礼を置いて行きました。

なので、そのおかげで漁師はお金持ちになります。

ですが、ままおっかさんがはちかづきのうわさを聞きつけます。

ままおっかさんは占い師の姿で漁師の家に行き、「あの娘は鬼の娘じゃ。今に食われてしまうぞ。」と言ったのです。

ですから漁師ははちかづきを海に流してしまおうと考え、船で海にでました。

その時、ちょうど殿様の船が通りかかり、「いったいそれはなんだ?」と尋ねるので、漁師は事情を話します。

すると、殿様は「そんなに怖いならその娘をわしにくれ。」と言うのです。

なので、はちかづきは殿様の家で働く事になりました。

はちかづきは毎日くるくると働きます。

殿様には4人の息子がいて、末の息子だけがひとりものでした。

ある時、末の息子ははちかづきのはちの下からのぞく口元のかわいらしさに気づき、話しかけました。

すると、はちかづきは、しとやかで物事をよく知っていたのです。

ですから、末の息子はすっかりはちかづきの事が好きになってしまいます。

なので、末の息子は殿様にはちかづきをお嫁にもらいたいと申し出るのです。

しかし、殿様は「とんでもない!あのはちは死ぬまで取れないのだぞ!」と反対しました。

それでも末の息子の気持ちが変わらないので、殿様は「そんなに言うなら許してやろう。しかし、明日息子達4人の嫁比べをするぞ。」というのです。

その話を聞いて、はちかづきは驚きます。

そして、「きっとあなたは笑いものになるでしょう。そんなことになる位なら、私はここを出て行きます。」というのです。

それを聞いた末の息子は「それなら私も一緒に出て行こう。」と2人が手と手をとって出て行こうとした途端、はちがあっという間に地面に落ちて割れます。

そこには世にも美しい娘が立っていました。

そして足元には宝物がたくさん広がっています。

さて、次の日の嫁比べでは、みんなが醜いはちかづきが出てくるのを待っていると、そこに現れたのは輝くような美しい娘だったのです。

それを見て、殿様は喜んで婚礼のしたくをいいつけました。

こうしてはちかづきは一生幸せにくらしたのです。

 

はちかづき姫の教訓

 
このお話の教訓は、上手にかくす事で本当に求めるものにたどり着くです。

このお話の教訓を考えるときに、はちの意味はなんだろう?と思いました。

美しい容姿をかくすことでしょうか?

もし、この女の子がはちをかぶっていなかったら、その美しさのあまり、継母にももっといじめられたかもしれません。

そして、他からも嫉妬をうけ、もっと大変な目に会っていたことでしょう。

嫉妬というのは、本当にやっかいな物で、嫉妬を受ける側はもちろんですが、嫉妬をする側にも、コントロールすることがとても難しいのです。

嫉妬する側も、もうやめようと思ってもどうにもやめられない事が多いものです。

不思議な事に自分と遠くかけ離れた人や、自分とは比べ物にならない程、素晴らしい容姿や才能があふれた人には嫉妬しにくいものです。

ですが、自分と似ている立場の人や、そんなに自分とかけ離れていない人には嫉妬心が芽生える事が多くあります。

本当に嫉妬とというのは一度自分の中で生まれると、心の中で自分とは違う生き物のように成長し動き出すのです。

ですので、継母が漁師の家まで訪ねて来て、はちかづきを陥れようとした気持ちもわかる気がします。

考えてみれば、自分の今の旦那さんが昔愛していた女の人の娘ですから、どうしようもない感情が生まれる事もあるかもしれません。

ですが、本人の心の中に残るのはどうしてそんなことをしてしまったのかという後悔と罪悪感でしょう。

そしてもう一つ、はちの意味は目立つことと目立つためにかくれる事です。

小さな体で大きなはちをかぶった姿は目立ちます。

でも、はちをかぶっていて珍しい姿だからこそ猟師や殿様に助けてもらえたのです。

そして、はちばかりが目立って見ようと思う人にしか隠れた面は見えません。

ほとんどの人は、相手の目立つ所は良く認識していますが、その目立つことを取り除いてしまうと、誰だかわからなくなることがあります。

例えばいつも派手な帽子をかぶっている人だと、派手な帽子ばかり目に入って、たまたまその人が派手な帽子をかぶっていないと誰かわからなかったりすることがあります。

きちんと認識して覚えているつもりでも、目立つ所ばかり目に入って、全くその人の事をわかっていなかったりすることがあるのです。

そして、殿様の末の息子は人を見た目だけで判断する人ではありませんでした。

末の息子のように、本当にその人の事を見ようとする人にとっては、わかりそうでわからない、見えない部分がある事はミステリアスで見えないと余計に知りたいと思います。

ですから殿様の末の息子ははちかづきのぱっと見た印象よりも他の何かを見ようとしてくれたので、はちかづきの良い所も見えたのです。

それからもう一つ、観音さまははちをかぶせて育てるときっと子供は幸せになると言っていたので、はちかづきの両親もそのことを信じて育てました。

さて、はちかづきは本当に幸せになったのでしょうか?

もしかしたら、お母さんが亡くなって苦労をしたからこそ、殿様の息子と結婚できて幸せだと思えたのかもしれません。

幼いときから美しい事でもてはやされて、ついには殿様の息子と結婚できたとしても、今ほど幸せだと感じなかったかもしれないのです。

幸せかどうかは、周りの人が判断するものではなくて、本人がどう感じるかで決まるのかもしれません。

はちが割れて出て来た宝物は、いままで苦労に耐えてきたごほうびでしょうか。

恵まれない運命の中でも真面目に働いたごほうびかもしれません。

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はちかづき姫の原作

 

昔の河内国という近畿地方のお話です。

かづくというのは頭にかぶるという意味です。

お話に出てくる観音さまが長谷観音という説もあり、「初瀬姫」とも言われている。
 

まとめ

 
はちかづき姫の教訓は上手にかくす事で本当に求めるものにたどり着くです。

はちが外れた時、はちかづき姫ははちをかぶった奇妙な容姿の印象が強かったので、ギャップで余計に輝くように美しく感じたのかもしれません。

そして、白雪姫のお話でもそうですが、継母というのは考えようによっては、可愛そうだなあと思います。

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