セロ弾きのゴーシュのあらすじと教訓!もう1つの大事な事。

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チェロ

あなたは、将来こうなりたい、出来るようになりたい、と思う事はありますか?

今までに、ものすごく何かをがんばった事はありますか?

このセロ弾きのゴーシュのお話は、出来るようになるために、毎晩あるものがやって来るのです。

では、ここからは、セロ弾きのゴーシュのあらすじを見ていきます。

 

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セロ弾きのゴーシュのあらすじ

 
ゴーシュは町の写真館でセロを弾く係をしていました。

でもゴーシュはあまり上手ではなかったのです。

実は所属している金星音楽団の中でも一番下手でした。

ですので、いつも楽長にいじめられます。

さて、みんなは今度の音楽会で演奏する第六交響曲の練習をしています。

ゴーシュも一心にセロを弾いているのですが、楽長が手をたたき、何度も演奏をやめさせられ、やり直しをさせられます。

楽長は

「ゴーシュがおくれた。」

「セロの糸が合わない。君にドレミファから教えられない。」

「ゴーシュ君、君は怒るも喜ぶも感情がさっぱり出ない。」

「他の楽器とピタッと合わない。」

とゴーシュに向かって言います。
 

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その晩、ゴーシュはセロを背負って、自分の家に帰りました。

家に帰るとゴーシュは今日練習した譜を弾き始めます。

何度も何度も繰り返し練習しました。

もう弾いているのか何かわからなくなって、倒れるかとおもう位になったころに、戸を叩いて大きな三毛猫がやってきたのです。

三毛猫は、ゴーシュの畑から取って来たトマトをお土産だと差出します。

ゴーシュは「誰がお前にトマトを持ってこいと言った!それはおれの畑の物だ!ねこめ!行ってしまえ!」と言いました。

昼からのむしゃくしゃを吐き出したのです。

「私はどうも、先生の音楽を聞かないと眠れません。シューマンのトロメライを弾いてください。」

それで、ゴーシュは窓も扉も閉めきって、明かりも消します。

それから、自分の耳に布を押し込みました。

そして、嵐のように、「印度の虎狩」という譜をひいたのです。

すると、ねこは、目やひげや鼻から火花を出します。

最後に、ゴーシュがねこの舌でマッチをすると、びっくりしてにげだしました。

次の晩もゴーシュがもう何時かわからなくなるくらいにセロを弾いていると、今度はかっこうがやってきます。

かっこうはゴーシュにドレミファを教えてくれるようにたのみました。

ゴーシュは仕方なく、かっこうが言うように、「かっこうかっこうかっこうかっこうかっこう」と弾いてやります。

すると、かっこうはあなたのは少し違うと言うのです。

ゴーシュも何度も弾くうちに、鳥の方がドレミファにはまっている気がしてきました。

でもあまりにも鳥がしつこいので、「出て行かないと、羽をむしって、朝飯にしてしまうぞ!」と追い出してしまいます。

鳥はびっくりして出て行くときに、ガラスにぶつかって、けがをしてしまったのです。

次の日にはたぬきの子がやってきました。

たぬきは自分の小太鼓とセロを合わせて欲しいと言うのです。

たぬきは背中から2本の棒と、1枚の譜を取り出します。

そして、上手にセロの駒の下の所をたたきました。

それからたぬきは首をかしげて、「ゴーシュさんは2番目の糸を弾くとき遅れるねえ。」というのです。

ゴーシュは確かにその糸は少し経ってからしか音がでないような気がしていたのです。

たぬきは「どこが悪いんだろうなあ、もう一度弾いてみてくれますか?」と言います。

そうしているうちに、夜が明けて、たぬきの子は帰っていきました。

次の晩やって来たのは、子連れの野ねずみでした。

母ねずみは子供が病気だから直してほしいといいます。

母ねずみはゴーシュがセロを弾くのを聞いて、うさぎもたぬきもミミズクも病気が治ったと言うのです。

ゴーシュのセロの音がごうごうと響くと、血のまわりが良くなって、病気が治るようです。

ですから、ゴーシュは子ねずみをセロの穴の中に入れて、ごうごうとセロを弾いたのです。

それから、野ねずみの親子にパンをあげて返してやります。

 

さて、それから6日目の晩、金星音楽団は、拍手の嵐の中、楽屋でみんなはとてもうれしそうでした。

そして、楽長はアンコールの舞台に、ゴーシュを指名します。

ゴーシュは「どこまで人をばかにするんだ。よし、印度の虎狩を弾いてやる。」と、ねこにやったようにものすごい勢いで虎狩を弾きました。

すると、楽長は「ゴーシュ君、良かったよ!10日の間にずいぶん練習したなあ。」といいます。

そして、ゴーシュはその夜家に帰ってきて、「ああかっこう、あの時はすまなかったな。」とつぶやきました。

おしまい。
 
ねこ

 

セロ弾きのゴーシュの教訓

 
このお話の教訓は、一生懸命何かを出来るように努力する姿は人を惹きつけるという事です。

ゴーシュの家にたずねてくる動物たちはゴーシュの一生懸命な姿に心を動かされてやって来たのでしょう。

かっこうは音階を確認させるために。

子たぬきはリズムとゴーシュのセロの癖を知らせる為に。

ねずみの親子はゴーシュの音楽が、誰かのためになっているという事を教える為に。

そして、ねこと他の動物は、ゴーシュの感情を吐き出して、表現させる為に。

 

今の時代、努力とか、根性とかカッコよくないのかもしれません。

簡単に、がんばれと言えない時代でもあります。

でも、できるようになりたいと、本気で取り組む姿は人の心を動かします。

やりたいことだって、出来るようになるには毎日毎日やり続ける事が大切です。

たとえそれが好きな事であっても、同じことばかりするのは苦痛です。

それに、出来るようになりたい事の、ここは好きだけど、ここはどうも好きになれないという作業もあると思います。

そして、うまくいかなければ落ち込みますし、人と比べて自分が下手だと思うと落ち込みます。

それが原因で、もうやめたいと思う事もあるかもしれません。

こんなに辛い思いをするのなら、もうやめようと思う事もあるでしょう。

でも、しばらくすると、何か自分の中からぽっかりなくなった感じがするのです。

そして、またやりたくなってやりはじめるのです。
 
あなたは、今何か出来るようになりたい事はありますか?

毎日毎日、悩みながら、時には止まりながら、一生懸命やりたいことに取り組んでいますか?

そして、出来るようになった自分がしっかり見えていますか?

 
それから、音楽でも他の芸術でも、技術はもちろん大事です。

でもそこに感情や気持ちも必要であるという事です。

例えば、いくら技術が素晴らしくても、他の事を考えながら書いた絵や、歌った歌で人の心は動きません。

食べ物で言うと、見た目はステーキでも食べてみると、味が全くしないのです。

ですから、ゴーシュが練習して、技術ばかり上達して、セロを上手く演奏したとしても、人の心は動かせなかったでしょう。

ゴーシュは練習で楽長に怒られて辛かった事を、ねこに対してぶちまけます。

かっこうには、何度も同じことをやらされて、かっこうのドレミファの方がもしかして正しいかもしれないと思うのです。

そして、眠かった事もあってつい、かっこうに辛く当たってしまいます。

ですから、後悔します。

子たぬきにはかわいくて、微笑ましいとも思う感情が出てくるのです。

それから、ねずみの親子はかわいそうだと思い、パンまであげました。

ゴーシュはだんだんと、色々な感情を表現し、相手の気持ちも考える事が出来るようになります。

そして、感情をぶつけて演奏をしたから、聞いている人の心を動かしたのです。

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セロ弾きのゴーシュの原作

 
1934年に発表された、宮澤賢治による童話です。

賢治は生涯独身で、37才でなくなりました。

賢治はセロ(チェロ)を弾いていたことがあったが、あまり上手ではなかったのです。

持っていたチェロには穴が開いていました。

この穴が、お話の中で子ねずみが入る穴のアイデアになったのではないかと言われている。

 

まとめ

 
セロ弾きのゴーシュの教訓は、一生懸命何かを出来るように努力する姿は人を惹きつけるという事です。

そして、音楽や芸術では、技術が優れているだけでは人の心は動かせないという事です。

先日ドラマで、大学に行きたくて勉強していた人が、家庭の事情などで一度はやめると言い出します。

でも、場所をみつけて勉強をしているのです。

そして、「本当は、勉強したいんだろ?」と言われている場面でなんだか泣きたくなりました。

何かをしたい、出来るようになりたいと思う事が、ものすごく難しくて大切な気がしたのです。

今の自分には、「将来はこういう風になりたい、こんなことが出来るようになりたい。」そう思える位したいことがあるのかなあ?

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